東京大学生命科学シンポジウム2011

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

糖鎖のバイオテクノロジー~生産から加工まで~

 バイオテクノロジーの新たなターゲットとして、糖鎖が注目されている。糖鎖は糖タンパク質や糖脂質などの複合糖質に含まれるオリゴ糖やプロテオグリカンなどに含まれる多糖、あるいは遊離の多糖・オリゴ糖・単糖として生体内に存在しているが、複数のヒドロキシル基を有するために親水性である。それ故、多くの場合にタンパク質の外側や細胞の外側に位置していて、細胞の「顔」として振る舞っていることが多い。糖鎖の相互作用はタンパク質や核酸の相互作用と比較して一般的に弱い相互作用であることが多い。弱い相互作用であるが故に高い特異性を実現することが可能であり、まさに「顔」としての機能にはうってつけの分子なのである。
 糖鎖の生化学を研究するにあたり障害となっているのは、糖鎖取得の困難さである。核酸はPCRによって増量可能であるし、タンパク質はバクテリアで生産することによって増量できる。一方、糖鎖は糖転移酵素という酵素によって生合成されるため、酵素を精製することの他に、ドナー分子やアクセプター分子を調達する必要があって、そう簡単には合成できない。化学合成法でも、多種類の保護基を上手に使いこなす職人芸が必要であり、一般の生化学者が手を出せる領域ではない。
 そこで我々は、動物細胞を糖鎖の生産工場に見立て、細胞内にある糖転移酵素と糖ヌクレオチド(ドナー分子)を使って、アクセプター分子のみを外から注入する(具体的には細胞培養の培地に添加する)ことによって、糖鎖を合成する方法を開発している。この方法では、アクセプター分子としてドデシルグリコシドを用いるため、一旦細胞内に取り込まれて糖鎖伸長を受けるが、糖鎖伸長後に細胞外(培地中)へ放出される点に特長がある。即ち、細胞内の酵素は、糖鎖を生産しても生産しても細胞外に抜け出て行くため、糖鎖生産をし続けるのである。しかも、培地中に放出されるために細胞を破壊することなく糖鎖が得られ、精製も容易である。本講演では、効率的な糖鎖生産を行うことに焦点を当て、動物細胞を用いる物質生産(糖鎖生産)について紹介する。さらに、この方法においては、細胞に投与するアクセプター分子に細工を施すことが可能なため、生体内において不活性なアジド基をアクセプター分子に導入し、糖鎖伸長して細胞外に放出されたオリゴ糖を機能性分子に加工することができる。具体的な利用例として、シアリルラクトースを用いたインフルエンザウイルスの検知や除去、細胞増殖因子受容体リン酸化の阻害(抗ガン剤開発の可能性)、ヒトポリオーマウイルスとの相互作用などについても言及する。

糖鎖のバイオテクノロジー~生産から加工まで~図

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畑中 研一
畑中 研一
生産技術研究所

略歴
1978年 :
東京大学工学部卒業
1983年 :
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了
1983年 :
理化学研究所特別研究生(博士研究員)
1983-1989年 :
東京大学生産技術研究所助手  
1985-1987年 :
テキサス大学健康科学研究所博士研究員
1989-1990年 :
東京工業大学工学部助教授
1990-2000年 :
東京工業大学生命理工学部助教授
1999-2001年 :
東京大学生産技術研究所助教授 
2001-現在 :
東京大学生産技術研究所教授
2004-2008年 :
東京大学国際・産学共同研究センター教授

参考資料
1. T. Kato, A. Kawaguchi, K. Nagata, K. Hatanaka, Development of Tetraphenylethylene-Based Fluorescent Oligosaccharide Probes for Detection of Influenza Virus, Biochem. Biophys. Res. Commun., 394, 200-204 (2010).
2. T. Kato, M. Muraoka, K. Hatanaka, Novel Method for Chase Analysis of Oligosaccharide Metabolic Error Caused by Xenobiotics, Analytical Biochem., 405, 103-108 (2010).
3. M. C. Z. Kasuya and K. Hatanaka, Easy Production of a Glycolipid Analogue UsingAnimal Cells in Culture, Chemistry & Biodiversity, 7, 440-446 (2010).
4. 畑中研一, 細胞内糖鎖合成装置による糖脂質合成, 酵素利用技術大系・小宮山眞監修(エヌ・ティー・エス)404-407 (2010).
5. M. C. Kasuya, S. Nakano, R. Katayama, K. Hatanaka, Evaluation of the hydrophobicity of perfluoroalkyl chains in amphiphilic compounds that are incorporated into cell membrane, J. Fluorine Chem., 132, in press (2011).
6. M. Mori, M. C. Kasuya, M. Mizuno, K. Hatanaka, Thiolactosides: Scaffolds for the synthesis of glycolipids in animal cells, Int. J. Carbohydr. Chem., 2011, in press (2011).
7. 畑中研一, 加藤智久, 動物細胞を利用した糖鎖合成と機能性分子への展開, ファインケミカル40(5), 5-12 (2011).

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