東京大学生命科学シンポジウム2011

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

双生児データ再発掘

 性格、知能、芸術的才能、身体発達・運動能力から諸々の病気へのかかりやすさに至るまで、人間の健康、能力等に関わる全ての事柄には、遺伝的要因と環境的要因の両方が関わっている。例えば知能の場合、集団内での変動の約半分は遺伝的要因で決定され、残りが環境的要因による、とされている。病気に関して言えば、糖尿病などの生活習慣病でも「生活習慣」など環境的要因のみでなく遺伝的要因も重要な役割を果たしており、また小児自閉症のように発病の有無の大方が遺伝的要因によると考えられているものもある。このように遺伝的要因と環境的要因がどの程度関与しているかを明らかにしているのが、双生児から得られるデータである。すなわちゲノムの変化をほぼ100%共有している一卵性双生児と50%共有している二卵性双生児での計測値、病気発症の一致率などを比較し計算して示されたものである。
 東京大学教育学部附属中等教育学校(以下附属)は、旧制東京高等学校尋常科を引き継いで1946年に発足したが、創設以来、双生児に関する中等教育の実験校として毎年10-20組、現在まで900余組の双生児ペアを受け入れ、学業や学校生活の様子は勿論のこと、知能、性格、身体や運動発達に至るまで、様々な記録を、非双生児生徒(約7400人分)とともに保存してきた。このような学校は海外でもほぼ例がなく、これらの記録は世界的にもきわめて貴重なものである。東京大学教育学研究科ではこの貴重なデータの劣化・喪失を防ぎ、今後の有用な研究に利用しやすい形での保存を図るため、電子化作業を2年前から急ピッチで進め、同時に学内外の研究者との共同研究の受け入れ体制の整備を進めつつある。
 現代のわが国は、生活環境の急変に伴う教育・健康上の問題の増加など、早急な解決を必要とする多くの社会・生活問題を抱えている。個々人のレベルで考えると、これらの問題は個人の遺伝的体質と環境的問題の相互作用に大きく依存するものである。その意味で、これまでに附属で蓄積されてきた諸記録、今後新たに収集される記録の活用はこれらの問題の原因解明と解決の糸口を探す上で大変重要な役割を果たし得るものである。また思春期の子供たちを含め、我々の周りで急速に出現・変化する人工物環境の影響を評価し、より心身に優しい人工物を開発・検証する上でも、双生児がペアで生活する学校環境は極めて貴重なフィールドとなり得る。ヒトの全ゲノム配列が解明され、エピゲノムと遺伝・環境相互作用の検討が可能となる今後、双生児データの価値を新たな視点で再発掘する時代が確実に到来すると考えられる。

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佐々木 司
佐々木 司
教育学研究科

略歴
1985年 :
東京大学医学部医学科卒業後、同附属病院精神神経科にて研修
(財)神経研究所附属晴和病院、帝京大学医学部精神神経科などに勤務
1993-1996年 :
クラーク精神医学研究所(トロント大学、カナダ)に留学
1999年 :
東京大学保健センター精神科室長(講師、助教授)
2008年 :
東京大学精神保健支援室室長、教授
2010年:
同大学院教育学研究科身体教育学コース(健康教育学分野)教授に異動

参考資料
1. 「ビバ!ツインズ ふたごの親へのメッセージ」東京大学教育学部附属中・高等学校 双生児研究委員会(代表 三橋俊夫)編著 東京書籍(1995)
2. 「学び合いで育つ未来への学力 中高一貫教育のチャレンジ」東京大学教育学部附属中等教育学校 編著 明石書店(2010)

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