東京大学生命科学シンポジウム2011

地球上の生命に関する不思議や、病気の原因や治療方法の開発、生命科学と人間社会の関わりなど、東京大学では多種多様な分野の研究と教育を進めています。

細胞内の膜系のダイナミクスを見る

 生体膜は、生命の基本単位である細胞が自らの生命活動の空間を外界と仕切るための境界であり、またそれ自身がさまざまな反応の場でもある。真核生物では、さらに細胞内に生体膜で仕切られたさまざまな小区画(細胞小器官)を分化させ、それぞれ固有の生化学反応の効率を極限にまで高めている。
 これらの細胞小器官の多くは、もともと細胞膜が陥入して生じたことに由来する単膜系の構造であり、相互に小胞や細管の連絡によって物質を輸送、交換することが可能である。この過程を小胞輸送あるいは膜交通と呼ぶ。膜交通は、分泌経路、リソソーム/液胞経路、エンドサイトーシス経路といった主要な経路が複雑に絡み合って構成され、またその輸送の過程は非常にダイナミックかつ精巧なものである(図1)。多くの過程で交通は双方向性であるが、個々の細胞小器官の特異性と自律性を保つため、輸送されるタンパク質は厳密な選別を受け、正しい局在性を保つメカニズムが何重にも施されている。
 私たちは、これらの膜交通の過程で、輸送されるタンパク質が、細胞小器官に留まるタンパク質とどのように選別されるのか、その分子機構を明らかにするため、遺伝学的および生化学的な研究を行い、さまざまな分子装置の機能を明らかにしてきた。またさらに、その作用機作を詳細に明らかにし、既存の方法論では解くことのできない問題に挑戦するために、新しいライブイメージングの方法論を開発してきた。一例として、ゴルジ体の中を積荷タンパク質がどのように輸送されていくかについて、世界を二分して続いていた大論争について、出芽酵母を材料に用い、ライブイメージングによって決着をつけた。この過程で、超高感度高速レーザー共焦点顕微鏡の開発を行い、その成果として、きわめて高い時空間分解能を達成した(図2)。
 一方で、このような細胞内での膜交通の選別輸送過程は、多細胞生物におけるさまざまな高次生命機能に必須の役割を果たしていることが明らかになりつつある。神経活動や免疫など、分化した膜交通そのものが高次機能に必須である場合もあれば、細胞極性の確立と維持など、生物の発生、形態形成に広く関与する働きもある。私たちは、植物を研究材料に用い、発生における膜交通の役割を解明しようという研究も続けている。動物とは大きく異なる進化を遂げた植物は、基本的には真核生物共通の分子機構を保存しながら、植物独自の戦略も獲得し、これがまた生命活動における膜交通の役割を考える上で大きなヒントを与えてくれている。
 本講演では、これら膜交通に関する私たちの研究を中心に、最新の3D動画などを多数お見せしながら、生きている細胞の中野ダイナミックな様子を楽しんでいただきたい。

図1.細胞内膜交通経路
図2.開発した高性能焦点レーザー顕微鏡で達成した高い空間分解能。
  酵母ゴルジ体の3D動画の1コマ。スケールバーは100nm。

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中野 明彦
中野 明彦
理学系研究科

略歴
1975年:
東京大学理学部生物化学科卒業
1980年 :
東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了(理学博士)
1980年:
国立予防衛生研究所化学部生物物理室研究員
1984-1986年:
カリフォルニア大学バークレイ校 博士研究員
1986年 :
国立予防衛生研究所化学部主任研究官  
1988年 :
東京大学理学部講師
1991年:
東京大学理学部助教授
1997年:
理化学研究所生体膜研究室主任研究員(現在も兼務)
2003年:
東京大学大学院理学系研究科教授

参考資料
1. http://www.biol.s.u-tokyo.ac.jp/ users/hasseipl/HP/index.html
2. Kumi Matsuura-Tokita, Masaki Takeuchi, Akira Ichihara, Kenta Mikuriya, and Akihiko Nakano (2006). Live imaging of yeast Golgi cisternal maturation. Nature 441:1007-1010.
3. Benjamin S. Glick and Akihiko Nakano (2009). Membrane traffic within the Golgi complex. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 24:113-132.
4. Akihiko Nakano and Alberto Luini (2010). Passage through the Golgi. Curr. Opin. Cell Biol. 22:471-478.

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